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2019年10月23日水曜日

合理的なブラッシングを考える

こんにちは! 歯医者の中田です。



ところで歯医者にいったら「もっと歯ミガキしなさい」と挨拶のように言われますよね。

これ、患者さんにとっては割とプレッシャーだと思うんですよね。



実は最新の科学に基づくと、必ずしも全員がそこまで厳密なブラッシングが必要とは限らない、という話はこれまでのブログで書いてきました。



そのうえで私は歯ミガキに関して、大まかに分けると患者の先天的素因によって2つの最適解があると考えています。





1、虫歯(齲蝕)予防と、歯周病予防をわけて考える


まず、歯ミガキで予防したい口腔領域の疾患は2つあって、虫歯(齲蝕)歯周病です。

この2つの先天的素因(以前の記事で解説)予防法は違うので、分けて考える必要があると考えています。



まず虫歯(齲蝕)予防法に関して以前にブログで書いた通り1000ppm以上のフッ素を応用するのが最も効果的です。



かなり端折っていうと、並み以上のブラッシングができていれば、それ以上厳密にブラッシングしても虫歯予防効果はないことがわかっています。

古くはプラークコントロールの重要性がインフレした時代があって、病状を問わず全ての患者さんに歯周病治療レベルの厳密なプラークコントロール(例えばPCR = 20%以下)を指導したり、未就学児童を含めて全年齢を対象にしてフロスの使用を励行したり(Floss or Dieキャンペーン)しましたが、虫歯予防の観点ではあまり意味がないことが分かっています。

詳しくは上記ブログをご参照ください。





一方歯周病の予防法に関しては難しいです。

歯周病はSilent Diseaseと表現されるように、深刻な状態に進行するまで自覚症状がほとんどないという特徴があります。



恐らく半年もしくは年に1度、定期的に歯周組織検査を受ける以外に予防する方法はないと思われます。



厳密なブラッシングをしていれば予防できるのではないか、という意見もあると思いますが、既に述べた通り歯周病は遺伝的影響による感受性の個人差が大きいです。

つまり、全ての人に歯周病治療レベルのブラッシングを求めるのは非効率的だし、逆に感受性が極めて高い人はどんなに磨いても進行してしまう可能性があるということです。



つまり、歯周組織検査で「現在歯周病になっていない診断を受けること」は、「今日までのブラッシングが自分の体にとって十分なものであった」ことの証明です。

また歯周病は早期発見できれば(専門用語で表現すると、歯周炎が確立する前の歯肉炎なら)完全に治癒できる可能性が高いというのもあります。



かの有名なホリエモン氏は定期的な歯石取りを励行していただいているようで大変ありがたいのですが、科学的には歯石取りよりも検査のほうが健康維持にとって重要かもしれない(定期的な歯石取りそれ自体は予防に寄与していない可能性がある)とまで言われています。

Routine scale and polish for periodontal health in adults.
Lamont T, Worthington HV, Clarkson JE, Beirne PV.
Cochrane Database Syst Rev. 2018 Dec 27;12:CD004625. doi: 10.1002/14651858.CD004625.pub5

(以下オタクな人だけ拡大して読んでください)
上記論文の結論に関しては歯科医師の間でも賛否両論あります。
私は歯周病治療の経験から、ブラッシングを改善するという行動変容を起こすには一週間ごとの通院を5回以上し「方法の理解」をさせたのち、6か月間毎月PTCを測定して「習慣として定着」させるという方法をとっています。
つまり本論文にある通り半年に一度通院する程度ではブラッシング習慣は変化しないと考えているため、本論文を支持しています。
一方でブラッシング習慣を変化させる必要があるのは、虫歯が定期的に発生する者と、歯周病の者に限られると考えています。また習慣を変化させ、それを定着させるというのは極めて高度な医療行為で、医師だけでなく患者の負担が大きいものと考えています。
そうであれば、ブラッシング習慣の変更という非常に負担が大きく難易度の高い医療行為は、それを必要としている患者に重点的かつ確実に行うものであって、漫然と効果のない方法を実施するべきではないと考えています。





2、合理的なブラッシング2案


以上から、合理的なブラッシングは以下の二つの選択肢になります。

A:厳密にみがいてフッ素洗う口
B:フッ素入り歯磨き粉をつかって3分以内にブラッシング



これまで日本では(諸外国が既にBがゴールドスタンダードとしているのに)Aタイプ的なブラッシング指導が行われることが多かったです。

これは努力好きで、それが報われると信じる国民性ゆえかなと考えています。



すなわち、小さなヘッドのブラシで、細かく丁寧にみがき、場合によってはフロスを使いましょうというのはAタイプの方法論です。

加えて、歯みがきペーストをつけるとブラッシングできているかわからない、泡だらけになって長時間歯みがきできないだろう、という指導もよくききますが、これもAタイプ(完全なブラッシング)を前提にしていると考えられます。



しかしどんなに磨いても虫歯予防はサチります。(頭打ちになる)

厚労省
歯みがきによるむし歯予防効果(予防法)

そこで何らかの方法でフッ素を作用させるのですが、フッ素入り歯みがきペーストの場合は再びブラシを手に取り刷り込まないとならないため、フッ素入り洗口剤を使用するのが合理的です。



このようなAタイプでの完全なブラッシングは虫歯予防効果も歯周病予防効果も非常に高い効果を発揮するでしょう。

しかし以下のデメリットがあります。

1、完全なブラッシングが実際にできているかどうかは、歯科医院でPCRを測定しない限り不明である。おおむね20%以下で「厳密なプラークコントロール」と言える。
2、厳密に行うためには、歯間ブラシやデンタルフロスを使う必要があるかもしれない。
3、時間がかかり、10分以上必要となる場合もある。
4、ブラッシング後に洗口剤を使用するという習慣は定着しづらい



このように、Aタイプのブラッシングは持続が難しいというのが最大の欠点です。

歯科医院に通院している間Aタイプを習得しても、通院が終わったら継続しなくなってしまった、ということはおこりがちです。

予防法は一生継続しなければ意味がありません



しかし虫歯になりやすい者や、歯周病治療をした者に関しては、Aタイプの「厳密なブラッシング」をしないと健康を維持できないことが分かっているため、患者と医師の双方に高いモチベーションが生まれます。



例をあげると、10代~20代で虫歯で苦労した経験のある者は、医師が強く言わなくてもAタイプの厳密なブラッシングを自発的に行っていく場合が多いです。

これは虫歯の再発に恐怖心があるためで、この場合は生涯にわたってモチベーションが維持されます。



また別の例では、歯周病の手術が終わった後、モチベーションが低下して数年間経過し、再来院時に歯周病が再発してくる場合です。

この時は歯周病治療にはメンテナンスが必須であることを十分に説明してあるので、そのことを実体験を伴って理解し、その後モチベーションが維持されることが多いです。



以上からAタイプのブラッシングは、上記の「虫歯か歯周病のリスクが高い者」に限定して確実に実施していくもので、「特にリスクがない者」に対して広く一般的に指導する方法ではありません。

そうであるのに全員にAタイプでブラッシング指導しようとするから、冒頭のような通院のたびに「もっと磨きましょう」というような、間延びした問答が繰り返されることになります。



もちろんAタイプのブラッシングを既に行っている方は、それは素晴らしい習慣なので継続するのが良いと思います。

急にやめると虫歯や歯周病になるかもしれないので、現在の生活習慣を継続するのは重要です。



私が強調しているのは、歯科医師が全ての人にAタイプで指導するのは非生産的であるということです。

そういうわけで、特にリスクのない、大多数の一般市民に歯科医師が推奨すべきなのはBタイプです。



Bタイプのブラッシング方法については既にまとめているので、そちらをご参照ください。

また3分でブラッシングするためには、歯みがきのヘッドを大きいものにしたり、効率的なブラッシングができる形状のものを選ぶ必要があります。

それらは今後ご紹介しようと考えています。
(下図はBタイプのブラッシングをしている私が使用している歯ブラシです。)







3、予防は無限に拡大する


たとえばAのひとが5分かけてみがいていたとすると、1日の差は2分、一日2回365日磨くと1460分。つまり24時間20分です。

つまり1年間で1日分、ブラッシングに時間を費やしていることになります。



繰り返し主張していますが、予防にはゴールがありません。

だから予防法、健康法は、やればいくらでもやることができる、肥大化する性質を持ちます。



一般人が自主的に必要性を感じて予防行動をとり、自然に飽きてしまう、というのは自由です。



しかし医療として予防を推奨する場合には、最高のコスパを追求するのが正道だと考えています。

コスパという言葉には、時間・金額・労力・効果・継続性といった意味合いを含みます。



生活習慣の改善と定着というのは、既に述べた通り非常に高度な医療行為です。

だからこそ、なるべく手間を減らす・道具の変更で解決するといった、患者の労力を減らして努力させない 定着しやすい行動変容を医療人は心がけるべきと考えています。