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2019年10月28日月曜日

私はこうやってブラッシング指導を成功させている

こんにちは! 歯医者の中田智之です。



このところ連続して、「歯みがきは時短で効率的に行えばよく、必ずしも完璧を目指す必要はない」というような内容を発信しましたが、そろそろ出身の歯周病学セクターから怒られそうなので、先手を打って「必要な人の厳密なブラッシング」に関してお話します。





1、「厳密なブラッシング」が必要な人を定義する


既にこれまでのブログでも言及していますが、虫歯はフッ素の効果的使用と普通レベルのブラッシングで予防できます。

2019年のコクランレビューでもフロス・歯間ブラシ・ウォーターピックは隣接面齲蝕の減少に関して根拠がないことを指摘しています。

Home use of interdental cleaning devices, in addition to toothbrushing, for preventing and controlling periodontal diseases and dental caries.
Worthington HV1, MacDonald L, Poklepovic Pericic T, Sambunjak D, Johnson TM, Imai P, Clarkson JE.
Cochrane Database Syst Rev. 2019 Apr 10;4:CD012018. doi: 10.1002/14651858.CD012018.pub2.




高齢者の根面齲蝕も含めて、虫歯予防に関してはフッ素が重要な役割を担っています。

Reversal of primary root caries using dentifrices containing 5,000 and 1,100 ppm fluoride.Baysan A, Lynch E, Ellwood R, Davies R, Petersson L, Borsboom P.
Caries Res. 2001 Jan-Feb;35(1):41-6.





一方、歯周病治療に関しては厳密なブラッシングを実施しなければ治らないことが分かっています。

Recolonization of a subgingival microbiota following scaling in deep pockets.
Magnusson I, Lindhe J, Yoneyama T, Liljenberg B.
J Clin Periodontol. 1984 Mar;11(3):193-207.



上記の論文では「厳密なブラッシング」(英語でstrictly plaque control)(PCRが20%程度)をしなければ、歯科医師が歯石取りを行っても歯周病は治らないことが示されています。



この「厳密なブラッシング」はこの論文だけではなく、良好な治療成績を示す論文の前提条件として幅広く共有されています。

また、1980年代にはPCRを20%程度とすることで質の高い歯周病治療ができることが立証されています。それ以降の論文で1980年代よりも治療成績が悪い場合、PCRの20%付近までの改善が達成できていない場合が多いです。



以上から、既に慢性歯周炎となっている患者さんに歯周病治療をする場合、厳密なブラッシングを達成できなければ、治療効果は得られないし、治療後ただちに歯周病が再発することは明らかです。





2、新しいブラッシング習慣の定着(行動変容)は難しい


ブラッシングというのは習慣です。そしてひとたび定着した習慣を維持するためには、高いモチベーションが必要だというのはご理解いただけると思います。



まず、歯ブラシの当て方だけではなく、歯間ブラシやタフトブラシなどの補助的清掃器具も教えなくてはならないし、一通り教えたあとにブラッシングできていない部分に関して、更に部位特異的な指導を重ねる必要があります。

それだけのことをして一時的に厳密なブラッシング法を習得しても、再指導・再モチベーションをしないと速やかに元のブラッシングに戻ってしまうことが分かっています。

The value of repetition and reinforcement in improving oral hygiene performance.
Emler BF, Windchy AM, Zaino SW, Feldman SM, Scheetz JP.
J Periodontol. 1980 Apr;51(4):228-34.


人間の習慣を変えるのは、患者と医療従事者双方の努力・忍耐・継続が必要です。



つまり、歯周病治療を達成するために厳密なブラッシングを習得してもらおうと考えると、一通り器具の使い方を説明するのに数回かかり、それが正しく実施できたかはさらに次の来院で歯垢染出液を使用してPCRを測定し評価する必要があるということです。

そしてそれは一度達成できたとしても常に時間経過とともに忘却し、もともと行っていたブラッシング習慣へと戻っていこうとするので、この人間の習性とも戦い続けなければならないということです。





3、私はこうやってブラッシング指導を成功させている


ここから先は私の経験的な記述となります。

以上を踏まえて、歯ブラシ習慣の変更という行動変容療法は、言うはやすし行うは難しをまさに具現化した、非常にハードルの高い取り組みであると認識する必要があります。



私が歯周病認定医(現在)として専門的歯周病治療を行う場合、以下の手順で行っています。



1、基本治療フェイズは週1ペースで行い、基本的に毎回歯垢染色液を用いたPCRを測定する。
PCR<20%を達成するまでは、あまり感覚を空けずに集中的に指導したほうが良い。
概ね1度の指導で10%ずつ改善するのが過不足ないペースである。
回数はSC+SRPで最低8回を要する
また、PCR測定とブラッシング指導は衛生士主体で行うが、PCRの数値と使用する補助的清掃器具については毎回歯科医師がかならずレビューする。 



2、外科フェイズになると処置部位のブラッシング中止と、歯肉形態の変更があるので多くの場合PCRは一時的に悪化する
また手術創があるので歯垢染色液も使用しづらい。



3、補綴も含めた動的治療終了後、もう一度最初から取り組むつもりでPCRの測定を含むブラッシング指導を行う。
このブラッシング指導は最低半年間、毎月1度PCRの測定を含めて行う
半年後の検査をメンテナンス開始時と位置付け、以降PCRが維持てきているようなら3か月に1度の来院とする。


正直めっちゃたいへんですが、これがもともとブラッシングが不得意だった人に対してPCR20%前後を維持するのに最低限必要な手順だというのが私の意見です。





まとめ


以上から、「厳密なブラッシング」を確立するのは患者も衛生士も私もめっちゃたいへんなので、本格的な指導は本当に必要としている人に限るというのが私のスタンスです。



全ての患者に対してPCR20%前後を達成しようというのは理想論であり、衛生士が過酷な環境になっているか、達成できない患者が声もなく去っているだけ、またはその両方かもしれません。

ある先生の言葉を拝借しますが、「PCR20%達成できる患者だけをふるい分けて治療するというのは、マーケティング的には正解かもしれないが、医療としては片手落ちである」というメッセージを、私は重く受け止めています。



全くブラッシングできていない患者さんに、普通レベルのブラッシングを教えるのか。

普通レベルのブラッシングができているのに虫歯になってしまう患者さんに、フッ素の使い方をおしえるのか。

厳密なブラッシングを達成できなければ治療が不可能である歯周病患者に対して、PCRを含めた高度な行動変容療法を実施するのか。



患者ひとりひとりの状態に応じた、最適かつ最小限の、コスパが最大となる方法を追求する。
(コスパの言葉には、時間・金銭・労力・効果・継続性の意味を含む)

これが真のブラッシング指導であると私は考えています。