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2019年6月25日火曜日

歯科で大学院にいく価値はあるのか

歯科医師国家試験に合格し、多くの人は臨床研修歯科医師からキャリアスタートすると思います。

その中で、大学院に進学するかどうかを悩むと思います。私は早いうちから大学院進学するつもりではありましたが、やはり決断を前に悩みました。

いまは大学院卒業して7年程になりますが、クリニックの専門分野における診療体系の構築や、強みを生かした集客など一定の成果を実感している段階です。



ここでは大学院進学に悩む若手歯科医師に向けて、あるいは歯学博士ってなんだろうと思う一般の方々に向けて、私が感じた大学院進学、博士号取得の意義についてまとめようとおもいます。





1、歯科医師が実務経験のみで成長するのは3年まで


まず前提としてですが、「歯科医師国家試験を合格した歯科医師」というのは、「運転免許証をとった若葉マークドライバー」みたいなもので、規則は理解して一通りの技術は体験しているけれど、実際に都内幹線道路や高速道路をすぐに走れるかというと…という状態です。

ここから実地訓練、車ならベテランドライバーを助手席に乗せた運転経験、歯科医師なら上級医の監督のもと実務経験を積んで、次第に独り立ちしていきます。

独り立ちにかかる時間はおよそ3年と言われており、3年間週5勤務するとだいたいフツーの治療はできる、という状態になります。



しかし、実地訓練のみだとここで成長が止まります。3年目の歯科医師の気持ちとしては、「俺ってだいぶできるようになったなー」という感じですが、それはイージーケースを無難にこなせるレベルになって満足している状態です。

5年目くらいになると、「あれ? なんだか治せないケースがあるぞ…。それに毎日同じようなことの繰り返しで飽きてきたなぁ」となります。



ということで、それ以上日常業務をやっていても成長はないので、セミナーや勉強会での能力開発を図ることになります。

これが高額でして。歯科医師会や大学など公益団体主催のサービス価格で数万円。メーカーや雑誌社主催の目玉講師を聞きに行くと、単発十万円前後。実習付きの年間コースだと数十万円程度かかります。

そして、いけば必ず能力開発できるかというとそうでもなく、講演会のクオリティにはムラがあるというのが付き物で、「いい話を聞いた気にはなったけれど中身はなかった」とか、「いい話をしてたんだけど難しすぎて寝てた」とか、なかなかギャンブルなのが実情です。



ここで、「大学院いっておけばよかったなー!」という話が出てきます。





2、最新情報を自分で調べられるのが歯学博士


一般歯科医師が能力開発するために、セミナーや勉強会で演者に教えてもらわなければならないことは既に述べました。

では演者といえども同じ歯科医師ですが、彼らはなぜ演者たりえるのでしょうか。



それは、最新の正しい情報を知っているからです。



ではその情報の出どころは…。もちろん、学術論文が中心と言えるでしょう。

学術論文というのは、珍しい病気のレポートや、新しいテクニックで治した報告、というイメージがあるかもしれませんが、そういったものは症例報告といって上位には置かれません。



現在の主流は比較対象試験で、どういった方法で治療するのが最も効率的か、前提条件を厳密に揃えて統計的手法で明らかにするという論文です。

もっとも基本的な概念が、下記のエビデンスレベル分類です。



注目してもらいたいのは、最下位が「専門家個人の意見」であるということです。

つまり、私たち歯学博士がセミナーに参加するとき聞いているのは、演者の体験談などといった「個人の意見」ではなく、根拠となる引用文献が効果的に用いられているか、そのエビデンスレベルが高いかという部分です。

もちろんその場で引用文献のエビデンスレベルはわからないので、講演会のコアとなる論文は著者・雑誌名とページをメモして帰宅してから読みます。

これで、知識レベルとしては講演者とディスカッションできる水準まで自宅学習で高めることができます。



こういったトレーニングを4年間みっちり行うのが大学院、歯学博士課程だと言えます。



研究・論文発表というのは博士課程修了に必要なものですが、臨床家である歯学博士にとっては補助的なものです。

本質的には、研究デザイン・研究実施・統計処理を体験することで、論文を読んだときにその意義をきちんと追想し、理解し、アウトプットするための訓練の一環であると考えています。



歯学博士は一部研究メインの人もいるのは事実で、大学にはそういう人が多いかもしれません。

しかし、臨床現場にも多くの歯学博士がいて、その本当の強みは自分で最新情報を学術論文を介して取得でき、それを臨床に正しく応用でき、場合によっては講演会できるレベルのアウトプットも可能な人材であることであると考えています。





3、進学のメリットとデメリットを比較する


メリット

・学術論文から最新情報を知れるから、セミナー代を節約できる

・セミナーで演者の言ってることがウソかホントかわかる

・大きな組織の中で過ごし、講演会運営なども体験するので、社会性が身につく

・5年目以降治療方針の決定であまり悩まなくなる
(自分が治せるものと、紹介しないといけないものと、治らないものの判別が楽になる。いつまでも治らないケースの抱え込みがなくなる)

・歯学博士での専門性だけでなく、認定医や専門医もとれる

・初めて聞いたものに対してミーハーを発揮して右往左往しなくて済む
(機能水とか、なんとかハビットとか。治療上無意味でどうでもよいもの)




デメリット

・4年間という時間。学費だけでなく収入がないのが痛い
(卒業後専門性アピールで巻き返しを目指す)

・同級生が3年目で一人前ヅラするので焦る
(博士課程修了後も3年目までは焦り続ける。ただ修了後3年間はしっかり実地訓練新人気分でがんばらないとダメ。ここをごまかすと知識だけで手が動かない役立たずになる。つまり同級生と肩を並べるまで7年間焦り続ける)

・大きな組織の中で人間関係と論文のプレッシャーに病む
(一定割合でメニエール症候群を発症するくらい病む!)





まとめ


自分の研究発表をしていた時、教授にかけられた印象的な言葉を紹介します。

「いまこの場でその分野に一番詳しいのはキミなんだから、我々に分かるように説明してください」



勉強熱心な教授なので明らかに私よりも総合的知識はあるのですが、私の研究発表である以上それを求められ、教授が分からないと感じたら容赦なく質問を投げられ、それに学術論文ベースで打ち返さないといけないトレーニング。

これが(理想的な)大学院の姿です。



まぁ実際にはそんな美しいものばかりではなかったりしますが、歯学博士持ちで「あの4年間は無駄だった」と心の底から思っている人はいません。

歯学博士による正しい相互批判が機能すると、あまり意味のない治療法(場合によっては高額)が淘汰され、批判されがちな歯科医療界全体において良い役割が果たせると思います。

ゆえに、保険点数(歯科医療公定価格)を厚労省と折衝し決定している日本歯科医師会の幹部は、ほとんどが歯学博士です。



若い間の4年間という貴重な時間、どう費やすか、参考にしていただけたらと思います。





東川口の歯医者・歯学博士・歯周病認定医
中田 智之