1、 各所で否定される3サイズ説
「根管形成は最初に抵抗を感じたファイルから、少なくとも3サイズ上まで形成する」というのは歯科医師であればどっかで聞いたことがあると思います。
しかしながら、最近勉強会などでは各所で同時多発的に「3サイズ上までというのはエビデンスがないから意識しなくていい」という発言に出会います。
もともと私はあんまり3サイズというのは意識していませんし、今後も意識するつもりはないのですが、「意識しなくていい」というお偉い先生の発言を聞くと、私は「じゃあ逆に何を意識するのか言ってよ」「なおかつエビデンスのあるものでよろしく!」と思うわけですね!
そういうわけでなんとなく気になっていたのですが、それは私だけじゃなかったみたいで、歯科医師同士でそんな話題がでたのをきっかけに、じゃあ調べてみようじゃないかと思い立ったわけです。
2、1970年には既にそういわれていた
ということでPubMed検索をかけてみたのですが…。
ヒトを対象とした原著論文というフィルターで調べてみると、
Pulp shapingで35件、 root canal shapingで50件!? 少ない!
しかもその中には「ヒト抜去歯を使用した」論文が含まれるため、実際はもっと少ないです。
いうまでもなく治療方針の決定に関わるエビデンスは、ヒトという最大のブラックボックスに投げかけて得られた結果のみを言います。「ヒト抜去歯」はヒトではないので、科学実験として大いに価値があると思いますが、エビデンスではありません!
ではアプローチを変えて、ネットに散在する「3サイズ説」の記事から引用文献を孫引きする作戦に切り替えました。
そうすると、複数の文献でGrossmanの教科書を参考にしていることがわかりました。
私は歯内療法の専門家でないのでGrossman氏がどれほど偉いのかは知らないのですが、ではその教科書、読んでみようじゃないのということで、日本歯科大学図書館に行ってきました。
Grossmanの教科書は最新のものは11版まで出ていて、図書館で一番古いのが7版でした。
そこに、「at least 3 size larger after instrument begins cutting near apex」という記載がありました。なるほど、これが出所ですね。(Grossman LI : Endodontics practice 7th ed. P.216, 1970)
しかし、エビデンスのヒエラルキーを考えると「どんなに偉い人でも個人の意見」は最低ランクに該当します。教科書である以上、その根拠を担保する原著論文の引用があるはず。
Haga : Northwest Univ. Bull 57, 11 1967
Gutierrez JH and Garcia : J oral surg 25, 108 1968
…これですな。
3、もはや古文書! 1960年代の原著論文
PubMedって1980年以前の論文ってさがせないんですよねー。
電子化の限界なのでしょうか。エビデンスの考え方が医療分野で普及したのが1990年代なので、それ以前の論文は確かに体裁も自由奔放だったり参考にしにくい場合があります。
諸事情踏まえて、しかたないのか…。
ということで、スタンドアローンコンプレックスよろしく地下図書館での紙媒体探しにいそしむことにしました。
…見つけました。このリアル古文書感、ついつい写真とっちゃいます。
では、さっそく内容を見ていきましょう!
いったいどのようなエンドポイントを設定したのでしょうか!
はたまた、何人の尊い被検者の厚意で成り立った知見なのでしょうか。まずは対象の参入条件からみたいと思います!
「ヒト抜去歯を対象として~~~」
あー…。
うん、これは確かにノーエビデンス!
大事なので再度確認しますが、「ヒトを対象とした盲検で得られた統計的結果」以外は、すべてエビデンスではありません!
リンク先のエビデンスのヒエラルキーを見てください。(外部リンク)
細胞実験も動物実験も抜去歯の実験も、完全に蚊帳の外です。
これらは情報の集積と仮説の立案のために極めて重要な科学的知見ですが、治療方針を決定する場合に参考にできるような根拠とは言えません!
4、いまの教科書はすばらしかった!
以上から「3サイズ説」はノーエビデンスであることが確定しました。
しかし、エビデンスの考えが生まれてから20年近くが経過しているのに、いまだにノーエビデンスの仮説を教育現場で教えてよいのでしょうか。
教育現場で教えるということは、圧倒的多数派を生み出すということです。このようなドグマ(偏見に基づく仮説)(とは言いすぎかもしれませんが)が主流派となることが許されてよいのでしょうか!
ではまず、2018年現在、現役歯学生が使用している教科書がどのように言及しているか調べてみましょう。
歯内療法学 第4版 中村洋 医歯薬出版株式会社 2012 P.135にはこうありました。
「根管の機械的清掃の達成度を正確に知るための信頼性の高い方法は依然として考案されておらず、ここに歯内療法の難しさがあるといっても過言ではない」
「以下のような基準が清掃完了の指標としてしばしば用いられている。1、切削器具の根管壁への食い込みによる抵抗感、通常、最初に抵抗を感じたサイズから2~3サイズ拡大する。2、切削器具先端への白い象牙質削片の付着。3、根管洗浄液が汚れていないこと」
…すばらしい!!!!!(←著者である日本最高峰の教授たちに失礼)
ここではエビデンスがないことを公然と示唆しております。
常々感じていますが、「わからないことをわかったように言うのはだれでもできるが、わからないことを自信をもってわからないと言えるのは極めた人だけ」だと思います。
この教科書で勉強した学生たちは、ぜひ「依然として考案されておらず」のほうに注目してもらいたいと思います。
5、今後エビデンスは得られるのか
調べる前から分かっていることですが、「3サイズ説」のエビデンスは将来的にも得られないと思っています。
仮にエビデンスを得られる研究を立案してみることとしましょう。
実験計画としては、スプリットマウスデザインのシングルブラインドになるでしょう。例えば、矯正治療にて抜歯予定の第一小臼歯を対象とし、左右どちらかランダムに割り付け、片方には3サイズ拡大してアピカルカラーを形成してフレア形成・もう片方には開口部サイズにあわせて妥当と思える中で最大限の拡大を行う、とします。条件をそろえるために即抜即充でいきます。
評価は術後疼痛の有無を第一段階の指標とし、1・3・5年後のトラブルを記録します。多分これだけの研究をすればそれぞれの年次で論文だせるから、
通常の抜髄の成功率が90%なので(https://shikashiru.com/post/30.html)、5年の間に何らかのトラブルは記録できる見込みはありそうです。それが両群で統計的に差がつけば、どちらが良いかという決着がつきます。
しかし、この実験計画では「抜歯予定の左右の健全な歯」ということで矯正を引き合いにだしましたが、矯正治療は審美目的がほとんどなので患者は「今すぐやりたい」でしょうから、処置後5年間の経過観察なんて断られるに決まっています。
では抜歯予定のない歯を研究のために抜髄するかというと、それは明らかな人体実験なので実験倫理委員会を通る見込みは限りなく薄いです。
以上からやはり、今後も「3サイズ説」のエビデンスは得られないのでしょう。
東川口の歯医者・歯学博士・歯周病認定医
中田 智之
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