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2021年12月16日木曜日

奥歯がなくても大丈夫!? 短縮歯列という選択肢

こんにちは! 東川口の歯医者 中田智之です。

長らく、歯を失ったら何らかの方法で補わなければならない、というのが常識になってきたかと思います。

これは歯科医療が十分に供給されていなかった昭和初期から中期にかけて、歯が抜けても放置している方が多く、結果として回復不可能な病的な歯の移動を招いてきたことに対する、分かりやすい啓発メッセージだったと思います。

一方この20年間で日本における口腔衛生は著しく改善し、一般的には抜ける以前から歯科治療を受けている場合が多くなってきました。

そこで近年出会うのが、その歯は抜きっぱなしで補う必要はなく、場合によってはそれがベストの選択肢であるということをお話すると、驚かれかえって不安を感じられてしまうケースです。

条件が合致すれば、失った歯を必ずしも補わなくても良いというコンセプトは、2020年頃から浸透してきた短縮歯列(SDA:Shortened Dental Arch Concept)という考え方に基づいています。

これは特段マイナーなものではなく、日本補綴歯科学会という人工の歯や入れ歯による咬合機能回復に関する学会のガイドラインでも取り上げられている、明らかなエビデンスがある方法です。

その中では短縮歯列の条件に合致するならば、入れ歯を使っても使わなくても同等のQoLを得られるとされています。(下記リンクP.82)

(参考)
その条件とは、ブリッジのダミーを含めて中間歯欠損がなく、上下10本の歯で咬合していることです。

具体的には全ての大臼歯がなくても、それ以外の歯がしっかり並んでいればOK。

特に親知らずを除外して、一番奥の歯(第二大臼歯)がなくなったとしても、それをインプラントやブリッジで補う必要は必ずしもないということです。

逆に1番奥が残っていて、奥から2番目を失ったなどといった、中抜けの場合は短縮歯列のコンセプトに該当しません。これは抜けた部分より奥の歯が前方へ傾斜してくるため、好ましい状態ではありません。

これらの条件判断は困難で、歯医者の間でも意見が分かれます。自己判断ではなく歯医者と情報交換する中でしっかりとリスクを把握した上で、適応の可否を見極めていくことが重要です。

以上を踏まえた上で、短縮歯列の考え方は治療計画の単純化と、治療に関わる患者さんの肉体精神的・金銭的コスト軽減に有用だと考えています。

そこで気になるのは短縮歯列はどういった条件で実施可能であるかという部分です。

これはシステマティックレビューでははっきりしないので、個々の文献を比較していこうと思います。専門・非専門問わず、コメントがありましたらツイッターやフェイスブックでお寄せいただければ幸いです。


Periodontal health in shortened dental arches: A 10-year RCT.
Walter MH, et al. J Prosthodont Res. 2020. PMID: 32063531 Clinical Trial.

研究デザイン:多施設研究・ランダム化比較試験、10年間
母集団:両側に犬歯と1本以上の小臼歯が存在する臼歯部欠損。平均歯数15本。50才前後の150人
群分け:義歯群と短縮歯列群。短縮歯列群で第二小臼歯を欠損している場合は延長ブリッジで補う
評価:CAL,BoP,PlI(歯周組織と口腔衛生の指標)
結果:両群間で10年間の歯周組織変化に差は認められない。プラークコントロールは義歯群で悪化
留意点:BoP平均20%と高値

最も新しく、クオリティも高い論文です。義歯79:短縮歯列71というのはITT(脱落時点までの結果を含む解析)であり、PP(10年間観察できた者)では義歯25:短縮歯列22です。

癌のような命に係わる疾患のフォローアップに比べ、歯科分野で脱落率が高いのは仕方のないことではあります。

短縮歯列の条件としては両側に犬歯と小臼歯が1本ずつあること。これは確認したなかで最も古いKayser(1981)の論文にで、短縮歯列の最低条件に上下顎で小臼歯4本の咬合があることと条件づけたことと相違します。

臨床を鑑みると犬歯の果たす役割は大きく、保険ブリッジの適応条件に関しても犬歯の有無が極めて重要なことからも、本論文の条件の方が納得がいきます。Kaiserはそもそも犬歯は評価に入れていませんでした。この変化がどういう時系列で起こったのかは気になりました。

短縮歯列が10年間でどの程度維持不能になったかが気になったのですが、この論文では10年間の追跡で咬合の問題か臼歯の喪失で義歯に切り替わったのは3名と記されています。ただしこの中にはドロップアウトした者は含まれていません。10年間で7割がドロップアウトする本論文では情報に限界があります。

本論文の歯周病学的データについては若干の疑問があります。BOP,PlIともに6点法で測定し、PlIは3,4をプラーク付着部位と判定し歯面で除算。

BoPは歯周病分野の論文では、メンテナンスフェイズでは10%以下であることが多いです。本論文では短縮歯列のパープロトコル解析というもっとも成績のいいグループでもBoPは20%代で、そこそこ歯肉の炎症が存在する状態であるように見られます。なお専門的歯周病治療をする場合のBoPは30%以上であることがほとんどです。

これを理解するためにPlIに目を向けてみると20%-40%程度で推移していることがわかります。本論文の測定法はPlI=1はネガティブと判断するので、歯周病分野の論文で一般的に用いられるO’Learyのプラークコントロールレコードよりも判定基準が甘く、それがBoP高値につながったものと推察されます。

実施主体が歯周病の専門家ではなく、母集団も歯周病患者と定められているわけではないので、プロトコルに万全を期すというより臨床実態を推察して読み進めるのが、他科論文を読む際には重要かと思います。



Cost-effectiveness of tooth replacement strategies for partially dentate elderly: a randomized controlled clinical trial.
McKenna G, Allen F, Woods N, O'Mahony D, Cronin M, DaMata C, Normand C.Community Dent Oral Epidemiol. 2014 Aug;42(4):366-74.

研究デザイン:ランダマイズド比較試験、12か月
母集団:片顎に6本以上の予後良好な歯がある、平均年齢70才、92人
群分け:義歯群と短縮歯列群。義歯はコバルトクロム床で完全な歯列へと補綴。短縮歯列群は接着ブリッジで片顎10本とした
評価:OHIP-14(口腔関連QoL簡易指標)、€(治療費)
結果:両群で同等のQoLだった。治療費対効果は短縮歯列のほうが1.84倍高かった
留意点:脱落率30%、コバルトクロム床 VS 接着ブリッジの比較

この論文の組み入れ基準は片顎につき6本以上の歯があるということで、Kayser(1981)やWalter(2020)とはまた違ったもの。とはいえMckennaらのチームは短縮歯列とQoLに関する論文を複数発表しており、一つのスタンダードな基準といってもいいかもしれません。

Kayserは前歯の状況は論じておらず、Walterは最低4本で成立する条件なので、McKennaの条件は最も厳しい条件と言えるかもしれません。条件が厳しいという事は良好な結果を得やすいということでもあります。Kayserは前歯のみのケース、片側の小臼歯でしかバーティカルストップがないケースでは歯列の維持は困難になると分析しています。

結果としては治療費対効果は短縮歯列のほうが良いとしていますが、これには少し注意が必要です。まず義歯グループで採用しているコバルトクロム床は日本では保険外の金属床義歯と一般呼称されるもので、高額な義歯です。というより論文ベースでは日本における保険適応のレジン床義歯が妥協の産物といえるので、McKennaがあえて高額な義歯を選んだというわけではなく、義歯補綴のスタンダードに準じただけといえます。

一方で本論文の短縮歯列グループで採用している接着ブリッジは、日本における保険適応の金属冠ブリッジよりもコストの小さい方法です。しかしこれもまた論文上では金属冠ブリッジよりも接着ブリッジで歯質削減量を低減するのが第一選択という原則にのっとっただけなので、McKennaがことさら短縮歯列の治療費対効果を高いものにする恣意的な目的があったと言い切ることはできません。

以上から日本の保険制度という「世界からみると特殊な環境」に基づくと治療費対効果は参考になりませんが、義歯グループと短縮歯列グループのQoLに相違がなかったというのは普遍的な事実であり、義歯を作るか作らないかというだけの判断であれば当然作らないほうが治療費対効果が高いので、そのように判断すれば良いのではないかと思います。



短縮歯列に関してはすごく興味深いので、今後も連載企画として論文ベースで情報をまとめていきたいと思います。
繰り返しになりますがSNS等でコメントいただければ幸いです。

余談ですが有名な80才で20本の歯を維持しようという8020運動も、仮に中間欠損がなければ20本丁度で短縮歯列になるので、そういう意味も含まれているのかなと思います。