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2022年1月31日月曜日

短縮歯列 最終回: 短縮歯列は何年もつか?(後半)

こんにちは! 東川口の歯医者 中田智之です。

ここまで短縮歯列について調査を続けてきましたが、システマティックレビューを頼りに質の高い原著論文を総覧してきて、ある程度結論的なものも見えてきました。

そこで今回の投稿を最終回とします。もともと勉強会の症例発表会のために調べてきたので、その一週間前ということで一つの目安になったかなと思います。


まず短縮歯列はそれまでの「失った歯列は補わなければならない」という常識を覆す、ある意味歯科医療が幅広く浸透する以前には当たり前に受け入れられていた状態へ回帰する考え方です。

特に1~2歯の最後方臼歯の欠損に関しては、未処置歯をわざわざ削ってブリッジにするのも、臨床的意義の小さい小型の遊離端義歯を使うのも、臨床家としてあまり気の進まないものでした。

特に小型の遊離端義歯については患者に必要性を説明して作ることにしてもお蔵入りしてしまう場合も多く、対顎の最高方臼歯の提出がどれだけの長期的なデメリットがあるかも、個人的には疑問でした。



既に補綴学会ガイドライン P.82にある通り、国内の学会レベルのコンセンサスとしても短縮歯列の適応は個別判断の上で妥当であることが示されています。

しかしその根拠論文はQoL(生活の質)に関するものが主流でした。臨床家として気になるのは短縮歯列の長期安定性、エンドポイントとしてTooth loss(歯の喪失)やSurvivability of prosthesis(装置の寿命)を据えた文献を読みたいと思っても、それらは研究実現性に問題があり、あまり取り組まれてきませんでした。

短縮歯列の主要なテーマはQoLから費用対便益の論文へと移行しており、これは欧州のエビデンスを反映した政策決定において根拠となる文献としてニーズがありますが、医療制度の違いにより普遍性という観点で限界があり、臨床的ニーズと逸脱する方向に進んでいるような印象を受けました。医療エビデンス(EBM)と政策決定(EBPM)に関しては下記拙稿をご参照ください。



そんな中でTooth lossという具体的なエンドポイントに真正面から取り組んできたのが、先日のブログでもご紹介したドイツ ウルム大学のWalterらの多施設研究です。彼らの研究グループは短縮歯列分野では後発ですが、最初から多施設研究として2003年からしっかりした実験計画に基づいて実施してきたという特徴があります。

もう一つSurvivabllity of prosthesisに関しては下顎という限定的な条件でThomason & Japsonの英国 ニューキャッスル大学のチームが長年取り組んでいます。Thomasonは長年短縮歯列に関する研究を行い、QoL分野で先駆者的なアウトプットをしてきました。ある時期からこのテーマの研究をJepsonに任せたようですが、おそらくJepsonが何らかの理由で研究活動を退いて以降はニューキャッスル大学での短縮歯列の研究は途絶えたようです。

短縮歯列というのは患者にとっては有益な方法ですが、失った歯をどうにかして補おうという学問である補綴学的には「何もしない」というものであり、あまりモチベーションの上がるテーマではないのかもしれません。

歯周病学を専門とする私にとっては保存不可能な歯を抜歯した後、残った歯でどのように短縮歯列のコンセプトを取り入れた全顎ブリッジで最終補綴を行い、義歯を回避するかというのには強い関心があります。

義歯を回避できるということで患者の治療協力モチベーションも上がるので、歯周病治療の進行もスムーズになります。短縮歯列は予知性が最も懸念される部分だと思いますが、これを歯周病メインテナンスで維持するのは歯周病の専門家として取り組み甲斐のある治療だと感じています。



そういうわけで最終回としては、Walterの10年間でのTooth loss、Thomasonの5年間でのSurvivability of prosthesisを構造化抄読としてまとめたいと思います。Walterの5年間でのTooth lossは直近のブログでまとめましたので、ご参照ください。




The Randomized Shortened Dental Arch Study: Tooth Loss Over 10 Years.
Walter MH, et al. Int J Prosthodont. 2018.

実験系:ドイツの多施設研究・ランダム化比較試験・ITT・10年間
母集団:全ての大臼歯を喪失し、両側に犬歯と小臼歯を最低1歯ずつ有する患者。
介入法:義歯群と短縮歯列群の2群に分けた。短縮歯列群は必要ならばブリッジ補綴により5-5の歯列として補綴した。最後方歯が第一小臼歯の場合、第二小臼歯はカンチレバーとして補綴した。
評価法:Tooth loss,カプランマイヤー
結果等:義歯群は79人、短縮歯列群は71人が10年間追跡できた。研究対象の顎で1本も歯を喪失しない確率は義歯群で67%、短縮歯列群で60%、有意差はなかった。
留意点:両群の7割は下顎を対象としていた。

当ブログではおなじみWalterの10年物の研究です。10年目の結果に関しては他にも顎関節症に関して、歯周組織に関して個別にまとめられ、論文として発表されています。

まずこの論文のカプランマイヤー曲線は非常に分かりやすくまとめられているのが特徴です。

ドロップアウトを見てみると、全体的に幅広く分散し、5年目、10年目で多いことがわかります。これは当初の計画が5年観察だったためと考えられます。

また95%CIがグラフ上に明示されているので、Tooth lossが2割の人にが起こるのは3~6年間と幅が大きい、といった読み取り方もできます。大変興味深いです。

一方Scurria,1998のシステマティックレビューでは、ブリッジの10年間の生存率は85%であるとしています。本研究の短縮歯列には多くのブリッジ症例が含まれており、その生存率が60%であったので、既知のブリッジの成績よりもだいぶ悪いということになります。

これに関しては短縮歯列の中でも特にシビアな条件が母集団であったことから結果としては妥当、臨床応用に関しては慎重に判断すべき部分かなと思います。

そしてKhan,2014は短縮歯列についてまとめたシステマティックレビューですが、その中でWalterの5年間の研究が取り上げられており、バイアスリスクが大きいという判定を受けています。

ではWalterはバイアスリスクが高いから信頼性に乏しいかというと、この研究は多施設研究であることを想起する必要があります。多施設研究自体は単施設研究より普遍性は高いと言われていますが、人的リソースについて分散的になる多施設研究は厳格なバイアス対策がしにくいとう点があげられるかもしれません。いずれにせよリスクオブバイアスに関しては留意すべき部分かと思います。



Time to survival for the restoration of the shortened lower dental arch.
Thomason JM, et al. J Dent Res. 2007.
 
実験系:英国の大学病院・ランダム化比較試験・ITT・10年間
母集団:下顎において、全ての大臼歯を喪失し、最低8歯を有する患者。必要ならば前歯部は接着ブリッジにて補綴。Plaque index, Gingival indexは共に20%以下。
介入法:短縮歯列群と、義歯群の30名ずつに分けた。短縮歯列群で第二小臼歯を喪失している場合、第一小臼歯を支台歯として接着性ブリッジで1歯分のカンチレバー補綴をした。
評価法:補綴物の破損状況
結果等:短縮歯列群では24名、義歯群では21名を5年間追跡できた。補綴物の生存率は短縮歯列群で70%、義歯群で25%で、統計学的有意差はなかった。
留意点:生存率に関するグラフなどはなく、詳細不明。

Thomasonのメインの研究テーマは接着ブリッジであり、その応用法として短縮歯列の研究を行ってきています。日本では保険制度の都合で全周の歯台形成を行ったブリッジを行うのが主流ですが、欧州のガイドラインではブリッジ補綴の第一選択は接着ブリッジである、などとされているようです。文献に書いてあった情報なので、詳細は不明です。

余談ですが接着ブリッジは歯を削る量が少なくなる一方で、やはり外れやすいというデメリットはあるようで、本論文でも5年間での接着ブリッジの脱落、というのはかなりの割合で発生しています。

肝心の生存率ですが義歯群が極めて小さくなっています。これは「装着しない」場合を失敗とカウントしていることが影響と推察されます。本研究では前歯部は両群とも接着ブリッジで補綴しているため、義歯を入れていないと前歯がなくなってしまう、という強い動機がありません。

冒頭私が言及したように、大臼歯部だけの義歯を作ってもお蔵入りしてしまった、とうケースが多かったのだと推察されます。特に下顎の大臼歯部の義歯は、上顎の義歯に比べて調整が難しい部位です。

以上から2群間での生存率の比較はあまり意味のないものとなっていて、8歯での短縮歯列の生存率が70%である、というのが注目すべき結果です。

これはWalterの88%という数値と比較すると条件が悪いように見えますが、Walterはエンドポイントが歯の喪失で、Thomsonは装置の破損です。

Thomsonの本論文でも短縮歯列群での歯の喪失は3例であったことが記されていて、単純に5年間追跡できた短縮歯列群24名で割り算すると87.5%になるので、歯の喪失という観点では非常に近い数値になってきます。



・論文を読み終えての所感

WalterとThomsonどちらの研究でも補綴分野の研究にしてはかなり厳密なプラークコントロールが実施されています。これは短縮歯列を実施するにあたって重要な要素だと考えています。

従前から指摘しているようにプラークコントロールは染め出しで数値化しないと追跡したことになりません。患者さんは磨いているつもり、衛生士さんは教えているつもり、となり不毛なすれ違いを続けないためにも、数値化は重要な要素です。

また2論文において概算ですが、5年間での歯の喪失が1~2割という結果に集約したのは興味深い部分です。

WalterのほうがThomsonより歯の本数としてはシビアな条件で短縮歯列を採用していますが、結果に違いはなさそうでした。

以上から私の臨床においては短縮歯列は義歯を回避する有効な手段であると位置づけ、5年間で1~2割、10年間で約半数が寿命を迎える治療法としてご紹介していきたいと思います。

また歯を喪失するまでの時間に関して短縮歯列と義歯に差はありませんが、短縮歯列が破綻したときはほぼ総義歯になる、ということはしっかり伝える必要があるかなと感じました。

前提としてこれらの研究における支台歯は「予後良好である」という条件がありますので、例えば10本連結した短縮歯列のクロスアーチブリッジでも、それぞれの歯が動揺しており永久固定の意味合いが強い場合は上記の成績は見込めない、というのも留意すべき点かと思います。