今回は歯医者さんからご質問をいただきました。
「日本歯周病学会の認定医症例では、今でも初期治療の完了の指標としてプラークコントロールレコード(以下PCR)を重要視しているのでしょうか。開業医などでもPCRが20%以下にならないと本格的な歯周病治療やむし歯処置など先の治療へと進めない先生もよくききます」
本件について、ブログだから許されるメディアでは言えない話も交えて解説してみたいとおもいます!
1,PCRをなぜ測定するか
PCRとはいうなれば歯ミガキスコアで、みがきのこしに色をつける検知液を使って測定します。
全ての歯にみがきこのしがある状態を100%、まったくみがきのこしがない状態を0%となります。
おおまかな目安として歯科衛生士さんで10%台で、一般のかたは20~30%程度。重度歯周病の場合80~100%からスタートすることが多いという個人的な印象を持っています。
一般的には20%をゴールと設定して歯ミガキ指導をしていきますが、PCRを改善して歯ミガキ習慣を定着させるというのは、患者さんと医療側双方にとって大変困難な作業といえます。
ほんとうに歯ミガキ習慣を改善させたいと思うなら毎週歯ミガキ指導を行い、PCR=20%を達成したのちは月に一度の歯ミガキチェックを半年から1年程度継続し、その後生涯にわたり年に2~4回のチェックを継続する、くらいの関わり方が必要になります。
歯ミガキ指導の内容はおよそ3か月で忘れられてしまうとわかっているので、年に数回といった散発的な歯ミガキ指導は、実際はあまり効果的とは言えません(Soderholm & Egelberg 1982)。
むし歯予防に対してであれば歯ミガキ習慣を変更するよりも、フッ化物の使用法を教えたほうがずっと定着しやすいので、より確実性の高いむし歯予防法であるといえます。具体的な方法は下記リンクをご参照ください。
一方で歯周病治療に関しては歯ミガキ習慣の改善は必須であるといえ、代替可能な方法は現時点では発見されていません。
2,PCRは歯周病治療のすべての段階で重要な指標
間違われやすいのは、歯ミガキ指導は歯周病治療の”序盤のみ”で行うのではないということです。
たしかに歯周外科手術を行う前にPCR=20%を達成しているのが望ましいですが、先に歯石取りをしなければ磨けない部位というのもありますし、歯周外科手術後では歯肉の形態が変化するため、改めて口腔衛生指導が必要になります。
歯周病認定医症例においては、歯周基本治療終了時、歯周外科治療後メンテナンス開始時、メンテナンス期間中のPCRおよびプラークチャートを提示する必要があり、PCRは”常に”歯周病治療の重要な指標であるということができます(Magnusson 1984)。
具体的な臨床へのおとしこみ方としてはメンテナンス毎の評価としてPCRをとり、患者と共有するというやり方です。短期評価をPCR、長期評価を歯周組織精密検査と位置付けています。
実際にはSPT毎にPCRをとるというのは私もやりきれてはいませんが、可能な範囲で実施します。それだけ歯ミガキ習慣の定着は困難な挑戦であり、歯周病治療にあたってはマンパワーを最も注ぎ込むべきところだということができます。
3,PCRが20%にならなければ治療開始できないのか
たしかにPCRが高値で、例えば50%を超えているお口の中というのは、いつむし歯や歯周病がみつかっても不思議ではない状況だといえます。
口腔衛生状態という”モト”を正さなければむし歯はどんどん増えてしまうので、1本や2本治療したところで意味がないと考える歯科医師も実際おられます。
しかしこれは理屈としては正しくても、私は”主訴をないがしろにしている”のではないかと感じます。
患者さんにもいろいろなお仕事やプライベートの事情があるので、継続して通院することが難しい方は大勢います。そして歯ミガキの改善というのは上記のように多大な労力を伴い、患者と医療人双方にとって困難な作業です。
「歯ミガキくらいできるようになってよ」というのは、言うは易し行うは難し。衛生士さんに丸投げでは、わからない部分です。私は無理なので、衛生士さんに最大限のリスペクトを払いながら、宜しくお願いしています。
その一方で最初から歯ミガキ指導をおろそかにして「歯周病が治らない」という話を聞いても「そりゃそうだ」としか思わないわけです。
PCRがどういう状態であるのか検査数値がなければ、歯ミガキができていなくて歯周病治療がうまくいっていないのか、それとも歯周病治療の反応が悪いのか、原因を分析することすらできません。
つまり原則としてガイドラインどおりに治療は進めるべきだけれども、ガイドライン通りに治療が進まない患者がいるのが現実というわけです。ではどうするか。
4,治療計画は修正するもの
ここで”治療計画の修正”というキーワードにつながります。
歯周病治療でいうならば、歯周基本治療として歯石とりと歯ミガキ指導を平行して行いますが、それが終わった段階で歯周組織検査を行います。
この場合典型的な歯周病治療の進行の場合は、「PCR<20%かつPD>6mmの部位が残る」となるので、歯周外科治療を行うという”治療計画の修正”をします。
一方で全員が歯ミガキ指導によって歯ミガキが上手になれるわけではないので、「PCR>50%かつPD>6mm」となっている場合もあり得ます。
こうしたときは「歯周ポケットの減少によるセルフケアの確立」という一般的な歯周病治療のゴールから、「とりあえず痛みがない状況を作る」や「プロフェッショナルケアを中心に管理する」など妥協的なラインへと”治療計画の修正”を検討します。
この治療目標の変更にあたっては患者さんがどういった主訴で治療を開始したかが重要になってきますし、状況を説明したうえで一緒に意思決定をしていく必要があります。
近年になって歯科医院が口腔衛生状態の改善を強く意識するようになったのは素晴らしいことではありますが、”PCRを20%以下”を意識しすぎて治療開始のタイミングが遅くなる、あるいは通院をあきらめてしまうなど、患者さんの不利益につながってはいないかと危惧しております。